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名古屋地方裁判所 昭和47年(ヨ)1112号 決定 1972年10月17日

申請人

林正次

外二名

右三名訴訟代理人

山内甲子男

被申請人

山田裕

株式会社三木組

右代表者

三木道夫

右両名訴訟代理人

小倉紀彦

主文

本件申請をいずれも却下する。

訴訟費用は申請人らの負担とする。

理由

本件申請の趣旨及び理由は別紙第一のとおりであり、これに対する被申請人の主張は別紙第二のとおりである。

右の当事者双方の主張に対して当裁判所は次のとおり判断する。

一、疎明によると被申請人山田裕は、別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を所有しており、同所に同第二目録記載の建物(以下本件建物という)を、被申請人株式会社三木組に請負わせて、建築しようとしているものであること、本件建物はマンションであつて建築が竣工した場合には高さが約一七メートル、一部塔屋の部分の高さが約二二メートルの建物となるものであること、申請人林正次は昭和一二年頃から本件土地の北東側に土地を所有し、同土地上に二階建の建物を所有し、一階に同申請人夫妻が居住し、右建物の二階に申請人鬼頭純三が昭和三九年頃から妻子と共に居住していること、申請人堀口春江は昭和二八年頃から本件土地の北西側にある土地上の建物に居住しているものであること、以上の事実が一応認められる。

二、申請人らの本件仮処分申請の被保全権利は、民法二三四条一項二項にもとづく建築変更請求権と、日照風権にもとづく妨害排除請求権であると解される。

しかし右の民法二三四条一項二項にもとづく建築変更請求権については、疎明資料(特に疎甲第二号、疎乙第二号、同第三号)によると、本件建物は民法二三四条一項に定める北東側と北西側の隣地境界線よりそれぞれ五〇センチメートル以上の距離をへだてて建築されるものであることが一応認められるので、この点に関する申請らの主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三そこで申請人らの日照通風権にもとづく妨害排除請求権の当否について検討する。

(一)  前記一で一応認定した事実によると、申請人らは、従前から本件土地を横切る日照を十分に享受していたものということができるのである。

ところで日照妨害は、騒音、震動、煤煙、悪臭の流入による生活妨害とは異なるものがあると考えられる。何となれば何人も他人の土地へ自己の土地から出た騒音、震動、煤煙等を流入させる権利を有しないから、この場合には被害者は、その土地所有権又は占有権侵害として妨害排除ないし損害賠償をなし得るのである。これに反し日照を阻害されることによる生活妨害は、被害者において従来利用していた他人所有地の空間部分の利用ができなくなることによるものであり、被害者において右の他人所有地について利用権限を有しない以上、日照利益は、被害者の財産権に当然に付随するものではないのである。

したがつて日照利益の侵害は、被害者の財産権の侵害として把握すべきものではなく、日照が妨害されることによつて自己の土地の価値が低下するというようなことは、日照妨害による事件の審理においては、考慮する必要が全くないものというべきである。

そうすると、日照利益の侵害は被害者が従来快適な生活をしていたことに対する侵害として人格権にもとづく妨害排除という方向で把握すべきである。そして日照権にもとづく妨害排除請求は、必然的に他人の土地所有権の行使と抵触するものであるから、その保護は損害賠償請求によつて認めるのは、ともかく、たやすく差止請求を認容することによつて認めるべきではあるまい。

個人が享受する日照利益は、個人が社会において共同生活を営む以上他人の所有権の行使によつて、これが妨害されることを受忍しなければならない限度があり、他人の所有権の行使による妨害が右の受忍限度を超えた場合にはじめて人格権に対する侵害があり、法の救済を求めることができるようになるのである。

しかも、右の受忍限度を超えた場合であつても、直ちに妨害排除請求権が発生するものではなく、多くの場合、損害賠償請求にとどまるべきものである。何となれば日照権にもとづく妨害排除請求は、相手方の土地所有権の行使に多大の損害を及ぼすことになるからである。

(二)  右の見地に立つて被申請人らの本件土地上に本件建物を建築する行為が、申請人らの受忍限度を超え、右の建築の差止又は変更を求めることができるものであるか否かについて考えてみよう。

1  被申請人両名には申請人らの日照等を妨害することを意図して、本件土地上に本件建物を建築しようとしていることを認めるに足る疎明はない。しかも被申請人らは、本件仮処分申請がなされた後、当裁判所の審尋手続の行われていた期間当裁判所の事実上の要請に従い、本件建物の建築工事の続行を一時中止していたのである。また被申請人山田裕は本件土地上に本件建物を建築することによつて申請人らがこうむることあるべき損害の賠償を申しでたのに、申請人らはこれを拒絶したものであることが記録上明白である。

右の事実関係に照すと、被申請人らは申請人らに対して、害意をもつて本件土地上に本件建物を建築しているとは、到底いうことはできない。

2  次に疎明によれば本件建物は、建築基準法に定める基準に合致した建物であること、本件土地の付近の地域は同法五二条一項二号の住居地域であつて、本件建物のような建物を建築できる地域であることが一応認められる。

したがつて本件建物の建築が同法の定める基準に合致していないから、申請人らの受忍限度を超えるものであるとはいうことができない。

3  次に本件建物は前記事実関係によれば、私的なマンションであるが、社会的価値を有する建物であるということができる。

4  次に疎明によれば本件土地の付近の地域は、建築基準法五二条一項二号に定める住居地域であり、付近には学校等が多く存在する準文教地区であること、しかし本件土地付近の地域にも、名古屋市の都市化の波が押し寄せており、付近には高層建築物もかなり存在していることが一応認められる。

したがつて本件建物は本件土地の通常の利用方法に従つたものであるということができるのである。

5  ところで被申請人らが本件建物の建築場所を申請人ら所有の土地から、一定の距離以上に離した場所に建築するとか、ある程度低層な建物(例えば高さ一〇メートル未満)を建築する等のことをすれば、申請人らは、本件建物が本件土地上に建築された場合に比較して、日照の利益を享受できる時間は増加するものと考えられる。しかし疎明によればすでに本件建物の基礎は完成していることが一応認められ、本件建物の設計を変更すると被申請人らは、かなりの損害をこうむるであろうことがたやすく推認され、また建築場所を本件土地中の予定建築場所以外の部分に移転した場合にも、被申請人らは、かなりの損害をこうむるであろうし、更に共同住宅であるマンションの機能(特に居住性や便利さ)を減殺するであろうことも推認されるところである。

6  次に疎明によれば、申請人らは、それぞれ所有ないし占有している土地の南側に空地を有していないこと、申請人らは、従来本件土地を横切つてくる日照を享受していたものであること、申請人らは本件土地を利用する権限を有していないこと、申請人らは、本件建物が建築されることにより従来享受していた日照利益がかなり阻害されるものであること、ことに冬至の頃は申請人林、同鬼頭は一〇時三〇分頃から一三時頃までしか日照利益が享受できなくなり、また同堀口は一三時頃以降しか日照利益を享受できなくなるものであることが一応認められる。

右の事実関係によると、申請人らは、従来本件土地の所有者が、本件土地上に建物を建築しなかつたことによつて本件土地を横切つてくる日照利益を享受できていたものであるにすぎないのであるから、被申請人らが本件土地上に本件建物を建築することによつて申請人らがこうむる損害は、右の日照利益が享受できなくなるという精神的な損害であるに過ぎないのである。

したがつて本件建物が建築されないことによつて、申請人らは従前どおり日照利益を享受できるという精神的な満足を受けることになるのである。一方被申請人山田裕は、本件土地上に本件建物を建築できなくなることによつて、本件土地に投下した資本が回収できなくなる他、多大の物的損害をこうむるであろうことがたやすく推認できるのである。また本件建物の設計変更をすることによつてもかなりの物的損害をこうむるであろうことは前記のとおりである。

四以上の認定判断によれば、被申請人らが本件土地上に本件建物を建築することによつて、申請人らにおいて被申請人らに対して損害賠償の請求ができるか否かはともかく、被申請人らが本件建物を設計どおりに建築することを、申請人らにおいて差止め、又はその設計の変更を求めなければならない程に申請人らの受忍限度を超えているものということはできない。

そして右被保全権利の疎明に代えて保証をもつて本件仮処分申請を認容することは相当ではない。

してみれば、申請人らの本件申請は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、却下することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。 (高橋爽一郎)

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